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名古屋地方裁判所 昭和34年(行)21号 判決

原告 林政角

被告 愛知県東新県税事務所長

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が訴外ロマン興業株式会社に対する滞納処分としてなした別紙目録記載の動産に対する差押処分は無効であることを確認する。被告は右差押に基き右動産に対する公売処分をしてはならない。被告は右動産が原告の所有であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として、

訴外林株式会社は訴外松浦三郎を代理人として昭和三一年一二月一〇日頃訴外ロマン興業株式会社(以下ロマン興業と略称する)からその所有する別紙目録記載の映写機及び附属部品一式をその他の動産、不動産と共に代金二五〇万円で買い受け、且つ双方立会の上売買物件を現実に点検して引渡を受けた。仮りに然らずとするも、その後訴外林株式会社の代理人訴外上島明、訴外鵜飼定彦及び原告が映画館上飯田ロマン座の共同経営をするためにはこれら物件すべてを共同占有し、これによつて訴外林株式会社はその占有を取得した。そして右映画館の引渡を受けると共に、その内部に設置してある本件映写機等の引渡をも受けたのである。

仮りに訴外林株式会社が訴外ロマン興業から本件映写機等を買い受けたものではないとしても、訴外ロマン興業に対する貸金の担保として売買の形式により右映写機等の所有権移転を受け、訴外ロマン興業及び第三者に対して右物件の所有者となつたものである。

原告は昭和三二年九月一四日訴外林株式会社からその所有する本件映写機及び付属部品一式をその他の動産不動産と共に代金六〇〇万円で買い受けることとし、右代金は分割して支払い、代金完済のときに所有権は原告に移転し、それまで原告が右物件を借用し得る旨の売買予約をなした。

ところで被告は昭和三一年四月二一日訴外ロマン興業の県税滞納処分としてその所有する本件映写機及び付属部品一式に差押処分をなした。右差押に当つては、差押の事実を確保すると共に、一般取引の安全を保護し第三者をして不測の損害を蒙らしめないために、何人にも見易い箇所に、また何人が見てもその物件が差押物件であることを知るに足りる方法で標示がなされなければならない。しかるに被告は縦五糎、横三糎の用紙に五号活字で県税滞納差押物件と印刷された証票を右物件に貼付して差押を標示したのであるが、映写機については蓋をあけなければその証票が貼付されていることがわからず、又その蓋もたまにしかあけるに過ぎないので、外から見た範囲では差押物件であることがわからない状態にあつた。従つて右差押は差押を明白にする方法を施さなかつたものとして無効であるといわなければならない。

仮りに右差押が有効であるとしても、通常動産差押の場合には差押えられた動産の引揚が行われるし、また差押の証票については映写機は一般人の見る物件ではなく債務署の立場を顧慮する必要はないから、何人にも明瞭なように貼付しておくものと当然考えられるのに、ロマン興業は右差押以後も本件映写機等を公然使用して映画館の経営を行つていたばかりでなく、従五糎横三糎の証票をしかもたまにあけるに過ぎない映写機の蓋の内部に貼付する等、これが一見して明瞭なように標示されていなかつたため、何人といえどもその証票の貼付されていることに気附かぬ状態にあつた。したがつて訴外林株式会社は右映写機等に差押がなされていて訴外ロマン興業にはこれを処分する権限がないことを知らず、且つ知らないことに過失はないから、訴外林株式会社は右映写機等を買い受け或は貸金の担保として売買の形式により右所有権の移転を受け、その引渡を受けて前記のとおり占有を取得すると同時に、その所有権を即時取得したものである。

右の如く本件差押は無効であり、又有効であるとしても訴外林株式会社が本件映写機等の所有権を即得取得したことによつて右差押が消滅しているのに、被告は右差押が有効に存続する旨主張するので、原告は代金完済の際には右所有権を取得する売買予約権者として、右滞納処分としての本件映写機等に対するる差押処分の無効確認、右差押に基く公売処分の禁止並びに右映写機等が原告の所有であることの確認を求める。

と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対し、

請求原因事実中、被告が訴外ロマン興業所有の本件映写機等に県税滞納処分として差押処分をなしたこと、原告主張のような差押の証票が使用され、うち映写機については蓋の内側に貼付されたこと、右差押後も訴外ロマン興業が右映写機等を占有使用していたことを認めるが、訴外ロマン興業が右映写機等を他の物件と共に訴外林株式会社に売り渡し、更に原告が訴外株式会社から右映写機等を買い受ける旨の予約をなしたことは知らない。その余の事実はこれを否認する。仮に訴外ロマン興業と訴外林株式会社との間に原告主張のような売買があつたとしても、訴外ロマン興業が占有改定によつて引き続き占有使用し、映画館上飯田ロマン座の経営をしていたものであつて、訴外林株式会社は現実の引渡を受けていない。又差押の証票は僅かの注意によつてこれを発見し得るものであり、又差押の標示が不明確であるとしても、訴外株式会社は引渡を受ける際これを点検していない過失がある。

と述べた。

(証拠省略)

理由

訴外ロマン興業が別紙目録記載の映写機及び付属部品一式を所有していたことは当事者間に争がない。成立に争のない乙第九及び第一〇号証、証人鵜飼定彦、松浦三郎の証言及び原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一号証、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第二号証の各記載並びに右各供述及び証人上島明の証言を綜合すれば、訴外林株式会社は昭和三一年一二月一〇日訴外ロマン興業から貸金の担保として売買の形式により右映写機及び付属部品一式の所有権移転を受け、原告は昭和三二年九月一四日訴外林株式会社との間に右映写機及び付属部品一式を含む不動産、動産を代金六〇〇万円で売買し、代金は分割して支払い、代金完済のとき所有権が原告に移転する旨の売買予約契約を締結したことが認められる。すなわち右証拠によれば訴外ロマン興業は昭和三一年五月頃営業資金として訴外上島明から金一〇〇万円、原告から金六〇万円を借り受け、右借受金の担保として訴外ロマン興業の所有する名古屋市北区上飯田通所在上飯田ロマン座映画館の建物に、訴外上島明の債権については訴外河村義男が権利者となつて元本極度額一三〇万円、原告分については元本極度額七〇万円の各根抵当権を設定したが、その後訴外ロマン興業は借受金の利子の支払もできない状態に陥る一方、訴外上島明は訴外林株式会社から貸付資金を借り受けている関係があつてその決済をする必要があつたので、訴外林株式会社に対してその債務弁済の方法及び将来の借受金の担保として訴外ロマン興業の所有する右上飯田ロマン座の建物及び右映画館内にある本件映写機等その他の動産の所有権を移転することとし、上飯田ロマン座の建物については昭和三一年一二月一一日前記根抵当権設定登記を抹消することなく訴外林株式会社に所有権移転登記手続をなし、本件映写機及び付属部品一式その他の動産については同年一二月一〇日訴外林株式会社(代理人松浦三郎)に代金二五〇万円で売却した形式をとつて所有権を移転し、同年一二月二八日右売買について公正証書を作成したことが認められるのであつて訴外林株式会社が右映写機等を買い受けた旨の原告の主張は失当である。

ところで被告が訴外ロマン興業に対する県税滞納処分として、右映写機及び付属部品一式に差押処分をしたことは当事者間に争がない。

原告は右差押処分の効力を争うので判断する。

右差押については縦五糎横三糎の紙に五号活字で県税滞納処分差押物件と印刷された証票(乙第二号証)が使用され、差押物件のうち映写機については蓋の内側に貼付されたことは当事者間に争がない。成立に争のない乙第一、二号証、証人鵜飼定彦、石井隆義の各証言によれば、愛知県徴税吏員石井隆義は差押物件である調光器一台、整流器二台、発声器一台に前記差押証票を各一枚ずつ貼付し、映写機(ランプ、レンズ、スタンドを含む)については上下二部分に分れるためその各部分に貼付することとし、上部機体についてはその取扱上外部が連日油拭されて証票が汚染されることが予想されるし、他に適当な貼付場所がないので前記のとおり映写レンズの蓋の内側に貼付し、下部の脚部の外側にも一枚貼付したものであつて、右レンズの蓋の内部に貼付されたもの以外は外部から一見して明瞭であり、映写機体についても、レンズの蓋の内側に貼付されたものは蓋が映写の場合に取りはずされるから取扱者は容易にこれを発見し得るし、また取引に際して払われる通常の注意をもつてすれば映写機の重要部分であるレンズを点検するものであり、その際当然右証票を発見し得るばかりでなく、その脚部の証票及び映写機と一体をなして用に供される調光器、整流器、アンプ等の差押証票から主要物件である映写機についても差押のなされていることを推知し得、取引の安全を害しない状況にもあることが認められる。したがつて右の程度をもつて差押の標示は有効になされているものということができる。また右のように差押の標示がなされている以上、執行吏の保管上の都合からこれを訴外ロマン興業に保管させることは許されるところであり、又差押物件の効用の利用等の見地から差押後も引き続き訴外ロマン興業が公然使用していたからといつて、差押処分の効力を左右するに足りるものということはできない。よつて本件差押処分は有効であり、この点についての原告の主張は失当である。

次に原告は差押のなされている本件映写機等を訴外林株式会社が即時取得した旨主張するので、まず担保のための売買契約当時における右物件の引渡の有無について判断するに、証人松浦三郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば訴外林株式会社が貸金の担保とし訴外ロマン興業から本件映写機等を買い受けた際、訴外林株式会社の代理人となつた訴外松浦三郎は、右映写機等の設置されてある上飯田ロマン座映画館におて、右物件を点検し現実に引渡を受けるというようなことは全くしなかつたことが認められる。前記甲第一号証動産売買契約公正証書中第三条の「売買物件は双方立会点検の上其の受渡をなした」旨の記載は事実に反するものであつて採用できず、他に右売買に際し訴外林株式会社或はその代理人が右物件の現実の引渡を受けたことを認めるに足りる証拠はない。次に共同占有による占有取得の有無について判断するに、証人鵜飼定彦、上島明の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、訴外林株式会社が貸金の担保として訴外ロマン興業から本件映写機等を買い受けた後、原告、訴外上島明(原告は同訴外人が訴外林株式会社の代理人であると主張する)及び訴外ロマン興業代表者鵜飼定彦の三者は上飯田ロマン座映画館の共同経営をなして行くことを話し合つたが、実際には原告のみが昭和三二年初め頃から積極的に上飯田ロマン座の経営に乗り出したのみで、訴外上島明は他の仕事に忙殺され居住地が一宮市である関係もあつて現実に経理面を見ることもなく、共同経営に参加したものとはいゝ難い状態にあつたことが認められ、他に訴外上島明を加えた共同経営が行われたことを認めるに足りる証拠はない(原告が訴外上島明の代理人として上飯田ロマン座を経営した旨の原告本人の供述部分は措信し難い)。共同経営自体が右の如き状態にある以上、右三者による本件映写機等の共同占有がなされたものとはいゝ難く、他に共同占有が存したことを認めるに足りる証拠はないから、訴外上島明が訴外林株式会社の代理人であつたか否かを判断するまでもなく、訴外林株式会社が本件映写機等の占有を取得したとの事実は認められない。したがつて原告の即時取得の主張は右物件の占有が認められない以上失当であつて、訴外林株式会社は差押物件としての本件映写機及び付属部品一式の所有権を取得できず、訴外林株式会社に対し売買予約権者である原告もまた有効に右映写権等の所有権を取得するに至らないものである。

よつて原告の請求はすべて理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 村上悦雄 渡辺一弘)

(別紙物件目録省略)

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